第41回 「食事と環境と姿勢」
公開日:2025/08/25
これまで口から食べるということをいろんな側面からお話してきました。今回は、少し俯瞰的な話から始めていきます。私も職業柄、「口から食べる機能を見て欲しい」という依頼を受けます。もちろん咀嚼機能や嚥下機能に関しては評価できます。では、食事の評価はそれだけでいいのか、と言うと全くそうではないのです。そこには環境を見るという視点が必要になります。
食事の環境とは?
私たちが実際の現場で考えていることは、「ちゃんと環境は整っているのか?」と「食べる機能はどれくらいで、どれくらいの食事をできる機能なのか?」の2点です。じゃあ、環境とは何でしょう。いろいろな意見があると思いますが、私自身は次の5つだと思っています。①食事介助、②生活環境、③食事形態、④食事時間、そして⑤食事姿勢。それぞれ簡単に述べていきます。
①食事介助
食事が自分でできる方は問題ありませんが、身体に問題があり、自分で食事ができない場合、介助者による食事介助が必要になります。単純に食事を口元に持っていけばよいと考えられがちですが、とても奥が深く、重要なものです。間違った食事介助によりうまく口に取り込めなかったり、飲み込めなくなったりすることもあります。
②生活環境
生活環境には、住居や部屋の問題も含まれます。私もごく稀に遭遇することがありますが、いわゆる『ゴミ屋敷』のような状況にある場所も存在します。何ヶ月も前の食べ残しが放置されていることもあり、衛生面において深刻な問題を引き起こすことがあります。
③食事形態
食事形態はわかりやすいと思いますが、飲み込みの機能が低下している方に普通の食事を提供しても食べられません。その方の機能に合わせた食事形態のものを提供していかなくてはなりません。
④食事時間
意外と見落とされるのは食事時間です。食べる機能が低下しているのに食事時間が5分しか提供されないと問題ですが、そちらの時間ではありません。その方の生活リズムに合っていない時間に食事提供されてしまうとうまく食べられないことがあります。
例えば、あなたが熟睡している午前2時(まさに丑三つ時)に無理やり起こされて、「これ食べろ!」と言わんばかりに口の中に食べ物を入れられたら…。もしかしたらむせてしまい、吐き出してしまうかもしれません。昼夜逆転とまでは言わなくても生活リズムが私たちとは違う高齢者は多くいます。お昼だからと言って食事提供しても本人にとっては深夜ということもあるのです。
⑤食事姿勢
そして環境の中でも最も重要と言えるのが食事姿勢です。食事姿勢に関しては何度かお話しているので、ここでは1点に絞ってお話をします。テーブルの高さです。私は、ランチはほとんど外食なのでいろんなお店に行きます。店によってはテーブルの高さが気になることがあります。テーブルが低いと食べ物と口までの距離が長いので、どうしても深く前傾して食べ物を迎えに行きます。逆に高いと肘が窮屈になって手のコントロールが上手くいかない感じがあります。
私の身長は175センチほどですので多くのテーブルや椅子は適応します。しかし、140センチで円背(背中が深く曲がっている状態)の女性はどうでしょうか。通常のテーブルの食事が見えるでしょうか?ちゃんと箸でつまんで口にいれることができるでしょうか。椅子に座った姿勢はもちろん大事なのですが、食事を考えるとテーブルの高さを調整することはとても重要なのです。個人宅でもあまり考慮されていないことがありますが、高齢者施設などでは個別テーブルの対応は難しいです。
そんな時に教えていただいたのが「個別昇降テーブルここあ®」です。これは素晴らしいアイディアですね!私も触らせていただきましたが、結構安定感があり、変に揺れたりしません。個人宅で使用するものではありませんが、こういう商品をきっかけにテーブルの高さが重要ということが社会に広まるといいなぁと思います。
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環境と余力
最後に環境と余力という話をしておきます。機能が十分高い方には環境の話はあまり重要ではありません。あなたなら横たわってポテトチップスを頬張れるはずです。しかし機能低下した方には絶対ムリなのです。あなたには機能の余力が十分にあるので環境をそこまで意識しないでいいのです。余力がなくなってきた方こそ環境は重要になります。
次回は食べる機能の評価についてお話します。
五島朋幸(歯科医師/食支援研究家)
1965年広島県生まれ。
ふれあい歯科ごとう代表、新宿食支援研究会代表、日本歯科大学附属病院口腔リハビリテーション科臨床准教授。株式会社WinWin代表取締役。
1997年より訪問歯科診療に取り組み、2003年以ふれあい歯科ごとうを開設。
「最期まで口で噛んで食べる」を目指し、クリニックを拠点に講演会や執筆、ラジオのパーソナリティも務める。
Contents
- Introduction
- 第1回「ボーっと食べてんじゃねーよ!」
- 第2回「噛めば噛むほど」
- 第3回「噛むことと認知症予防」
- 第4回「美味しさの正体」
- 第5回「飲み込みと姿勢」
- 第6回「飲み込みの動き」
- 第7回「飲み込みが悪くなったときにできること」
- 第8回「口から食べるための訓練」
- 第9回「食事の工夫」
- 第10回「舌の役割」
- 第11回「入れ歯の話①」
- 第12回「唾液の話」
- 第13回「口腔ケアのその前に」
- 第14回「口腔ケアの意義と効果」
- 第15回「誤嚥性肺炎予防」
- 第16回「口腔ケアの効果②」
- 第17回「口腔ケアグッズ」
- 第18回「口腔ケアの実際」
- 第19回「口腔ケアが困難な事例」
- 第20回「入れ歯の口腔ケア」
- 第21回「認知症と口腔ケア」
- 第22回「認知症と口腔ケア(実践編)」
- 第23回「認知症と入れ歯」
- 第24回「食べることと薬」
- 第25回「入れ歯の話②」
- 第26回「入れ歯と誤嚥性肺炎」
- 第27回「口腔内の変化」
- 第28回「残根の話」
- 第29回「口腔ケアグッズ②」
- 第30回「口腔ケアグッズ③」
- 第31回「ブラッシング法」
- 第32回「機能的口腔ケア(唾液腺マッサージ・嚥下体操など)」
- 第33回「食事介助」
- 第34回「SSK-O(食べる機能と食事の形態)判定表」
- 第35回「食事動作」
- 第36回「食支援とは」
- 第37回「食べることとリスクマネジメントの話」
- 第38回「食支援とそのプロフェッショナル」
- 第39回「多職種の食支援」
- 第40回「サルコペニア」
- 第41回「食事と環境と姿勢」