第3回「噛むことと認知症予防」

公開日:2022/09/27

 口から食べることで脳が活性化することはお話ししました(第1回)。食べるという行為は単純な動きの話ではありません。梅干を見ると唾液がジワッと出てくる、ということでもわかりますよね。この小さい赤色球形の食べ物は酸っぱく、食欲が出てきてご飯をかき込みたくなる…という記憶があるからこそ唾液が出てくるのです。他にも見た目や匂いなど五感をフルに活用しながら食べることを行っています。そう考えても脳機能をかなり使っていることは想像に難くないところです
 今回は食べるということの中から「噛む」ことに着目して脳への影響を考えてみます。そして噛むことと認知症予防の関係についても考えていきましょう。

1.噛むことと脳の血流量

以前から、噛むこと、顎を上下運動させることで全身の血流がよくなることはわかっていました。しっかり噛むことで自律神経の中で、交感神経が優位になり、内臓脂肪が燃焼され、熱を発し、血流がよくなると言われています。難しい話ではありません。皆さんも美味しいものをガツガツ食べていたら額に汗していた経験がありますよね。噛んで食べることは運動なのです。また、寒い時に歯をガチガチさせて震えます。これも寒い時に全身に熱を生じさせるための反射と言われています。
さて、全身の血流だけでなく、噛むことで大脳の血流量が増加することは以前から多方面の研究でわかっていました。しかし、そのメカニズムがわかったのは最近のことです。キーワードは「マイネルト核」と呼ばれる細胞でした(1)。
ある動物実験の結果です。しっかりと噛むことによって脳の中で噛むことの動きを支配する部位(咀嚼野)が刺激されます。するとマイネルト核の活動が増加し、脳の血流量が著しく増加したのです。さらに、咀嚼野を刺激し、マイネルト核の活動を抑制したところ、血流量はあまり増加しませんでした。この結果からマイネルト核は脳の血流量に影響を与える重要な因子ということが分かりました。
そして重要なことに、このマイネルト核は記憶や認知機能にかかわるもので、アルツハイマー型認知症では失われてしまうというものです。しっかりと噛むことでマイネルト核の活動を増加させること、これはまさに認知症予防なのです。
もう1つ興味深いことが同じ実験で分かりました。しっかり噛むことで脳の咀嚼野は刺激されるのですが、噛むことをさせずに、咀嚼野に電気刺激を与えるだけでマイネルト核の活動が増加し、脳の血流量が著しく増加しました。ここからわかることは、実際に噛んで食べていなくても、噛むことをイメージするだけで認知症予防できる可能性があるということです。

2.噛むことと脳の活性化

ものを噛むといっても単純ではありません。前歯を使う時、奥歯を使う時では役割が異なります。そこで、前歯と奥歯でグッと噛んだ時の脳の活性化について調べた研究があります(2)。ここで分かったことが2つ。1つは、前歯と奥歯で噛んだ時、活性化するする脳の場所が異なりました。つまり、前歯で噛むときと奥歯で噛むときでは指令する脳の場所が異なったのです。
もう1つ、奥歯では強い力で噛んだ時に脳が活性化されたのに対し、前歯では弱い力で噛んだ方が刺激されました。奥歯の役割はパワー、前歯では繊細な力のコントロールが重要ということがわかります。これらのことから、噛むことは単純運動ではなく、繊細さと力が必要で、そのため脳の多くの部分を活性化させていることがわかります。

3.噛むことは認知症を予防するのか?

直接的な証明は難しいにしても、噛むことと脳の関係について多くのことがわかってきました。噛むことで認知症を予防するという十分な状況証拠がそろっているといえます。皆さんも歯を大切にして、前歯も奥歯も万全な状態にしてしっかり噛んでくださいね。

次回は、美味しさと歯の役割について考えていきましょう。

1)H Hotta et al.Involvement of the basal nucleus of Meynert on regional cerebral cortical vasodilation associated with masticatory muscle activity in rats, J Cereb Blood Flow Metab;40(12):2416-2428.2020.
2)K Moriyama et al.Reciprocal cortical activation patterns during incisal and molar biting correlated with bite force levels: an fMRI study.Scientific Reports volume 9, Article number:

歯科医師 五島朋幸

 

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