第4回「美味しさの正体」

公開日:2022/09/27

 口から食べる喜びとは何でしょうか。意外と立ち止まって考えることはありませんよね。ただ、「美味しいものを食べる」と言われてネガティブな感情にはなりません。口から食べることが心身の健康に直結していることは間違いありません。そこで今回は、「美味しい」とは何かを考えていきましょう。

1.美味しいを感じる2つの要素

皆さん、「美味しいもの」と言われて思いつくものは…味ですよね。そうです、味覚です。もちろん美味しいものは味で感じますが、実はこれだけではありません。歯医者の私たちはよく患者さんにこう言われます。「入れ歯にしたら美味しくなくなった」と。歯医者になりたての頃、確かに入れ歯は歯ぐきを覆っているけれど、味を感じる舌を覆っているわけではないのになんでそんなことを言われるんだ?と思った時期もありました。実はこれこそが美味しさの2つ目の要素、食感(歯ごたえ)だったのです。今回はこの味覚と食感についてお話していきましょう。

2.味覚

まず、味を感じるというメカニズムです。口の中で食べ物が咀嚼されると、食品の組織が破壊されます。それが唾液と混ざると、食品成分中の分子やイオンが溶出してきます。これらの化学物質(味物質)が舌にある「味蕾(みらい)」(正確に言うとその中に多く存在する味細胞)というセンサーで感知されると味を感じます。
味蕾は上顎の天井や喉にも存在しますが、やはり舌に多く存在しています。舌の表面の大部分は、何千個もの小さな味蕾に覆われており、5つの基本の味(甘味、塩味、酸味、苦味、うま味)を感知します。残念ながら年齢が上がるにつれ、味蕾の数が減り、味を感じる感覚も鈍くなると言われています。中でも甘味や塩味を感じ取る能力が低下する傾向があるため、多くの食べものが苦く感じられる傾向があります。
この味蕾は短いサイクルで新陳代謝を繰り返すのですが、そこで必要になるのが亜鉛です。偏った食生活で亜鉛不足になってしまうこともありますが、高齢になると消化吸収機能の低下で摂取した亜鉛を体内に取り込めなかったり、血圧の薬や糖尿病の薬などを長期に服用していると亜鉛不足の原因になるといわれています。
その他、お口の乾燥(ドライマウス)だと、そもそも食べ物から味物質の分子やイオンが溶出されないので味を感じません。また、嗅覚も味覚と密接に関与しています。皆さんも風邪をひいて鼻詰まりの時にはよく味がわからないということを経験していますよね。
このように、美味しさを感じる味覚は全身の体調とも関与するのです。

3.食感

皆さんは美味しいものをどう表現しますか?「シャキシャキ」「パリパリ」「シコシコ」なんて言いませんか?これがまさに食感です。かの北大路魯山人がこう述べています。「もともと食べ物は、舌の上の味わいばかりで美味しいとしているのではない。シャキシャキして美味いもの、グミグミしていることが佳いもの、シコシコして美味いもの…(中略)以上のように食べ物の美味しさ不味さの大部分を触覚が支配している。」
実は、味覚よりも圧覚、触覚(要は食感)の方が脳への伝達速度が数倍から数十倍速いのです。美味しさとは、味覚や食感などおいしさは、脳の総合的な情報処理の結果です。情報伝達の速さの差で、食感の方が美味しさに与える影響が大きいという研究者もいます ※1)。
この圧覚、触覚をとらえる器官を歯根膜といいます。まさに「歯ごたえ」をとらえる器官で自分の歯の根を覆うように存在しています。問題は、歯を抜いてしまうということは、この歯根膜がなくなるということなのです。だから、歯を抜いて入れ歯にしてしまうと美味しさが半減してしまうのです。
しっかり噛んで食べるというだけでなく、美味しく食べていくためにも歯を大切にしていきましょう。

次回は、食べる姿勢についてお話ししましょう。

1)合谷正一:テクスチャーと美味しさ,科学と生物,45(9),644-649,2007.

歯科医師 五島朋幸

 

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