第2回「噛めば噛むほど」

公開日:2022/09/27

 美味しいものを食べる。なんと魅力的な言葉でしょう。皆さんも大好きな食べ物を想像しただけでも少しよだれが出てきますよね。さあ、食べてみましょう。前歯で噛み切り、奥歯でしっかり噛む。そのうち大好きな味が口中に広がってきます。そして至福のひと時。では、噛めなかったらどうなると思いますか?歯ごたえもなければ味も変わります。全部が流動食って悲しくなりますね。噛むことは本当に重要なのです。
 そこで今回は噛むことを深掘りしていきます。

1.噛むために必要なもの

さて、ものを噛むという時に必要なものは何でしょう。実は5つあります。
真っ先に浮かぶのは歯ですね。もちろん重要ですが、それだけでは噛めません。しっかり噛むためには顎の筋力が必要になります。私自身の経験でも筋力が低下してしまい、噛み切ることができない方もいました。
これで十分ですか?いえいえ、これらだけあっても噛めません。最も重要なことは、口に入った食べ物がどんな形態、どんな硬さを瞬時に認知するということです。ちょっと想像してみてください。目隠しをされて別の人が口の中に食べ物を入れる。口の中に入ったらそれを噛むという実験をしたとします。飴玉を入れられた時はガリっと噛みます。おせんべいならパリッと噛みます。マシュマロならスッと噛みます。マシュマロが入ったのに思いっきりガリっと噛む人はいません。口の中に食べ物が入った瞬間にそれがどんな形態の食べ物か認知できるのです。この認知が噛むこと、飲み込むことのスイッチになります。逆にこの認知がなければ、口の中に食べ物が入っていることがわからないので、噛む動きも起こりません。だからこそ最も重要なのです。
そして動きの面で重要なのは、舌や頬の動きです。口の中に入った食べ物は舌が巧みに動くことによって歯の上に乗せられ、破砕されていきます。歯に乗せた食べ物が落ちないように頬や舌でおさえてもいます。
さらに唾液が必要です。唾液中のムチンは強い粘性があり、食物を湿らし、食物を塊にしやすくして、噛むこと、飲み込むことをしやすくする効果があります。
このように、噛むために必要なものは5つ。歯(または入れ歯)、噛む力(筋力)、食べ物の認知、舌や頬、そして唾液です。

2.噛むことの目的

では、噛むことの目的は何でしょう。食べ物を小さくすることですか?実は違います。「飲み込める形にすること」です。同じように聞こえますが、小さくすることと飲み込める形は違います。例えば、硬いニンジンを刻んで口の中に入れて一気に飲み込めますか?きっと口の中全体でバラバラになってすぐには飲めません。それらを頬や舌でまとめて飲み込めるようにしてから飲み込まなければなりません。刻んだだけでは飲み込める形ではないということです。
飲み込める形とは、バラバラな状態ではなく、ある程度の塊になっていないといけません。この塊のことを食塊(しょっかい)と呼びます。噛む目的は、食塊を作ることなのです。

3.嚙みきることと歯

しっかり嚙むためには歯が必要なことは分かりますね。もし、歯がなくなってしまえば入れ歯等を入れていきます。だったら安心ですね…という訳にはいきません。健全な歯を持つ方と、総入れ歯の方と噛む能力を計測したところ、総入れ歯の方の噛む能力は、健全な歯を持つ方の約1/6と言われています。歯の形をしているのになぜここまで能力が落ちるのでしょうか。
キーワードは歯根膜(しこんまく)です。歯はご存知のように根があります。歯の根の周りに存在するのがこの歯根膜で、とても鋭敏な感覚器官です。食事をしていて、髪の毛1本入っていてもすぐわかるというのはこの歯根膜があるからです。また、歯ざわり、歯ごたえを感じるのもこの歯根膜感覚です。この歯根膜は顎の筋肉とも密接に関与して、噛む動きをコントロールしています。歯がなくなってしまうということは歯根膜を失うということです。その違いが噛む能力の差になって出てきます。
しっかり噛むためにも、噛むことを楽しむためにも自分の歯を大切にしましょう。

次回は、噛むことと脳の活性化、さらに認知症予防になることをお話ししましょう。

歯科医師 五島朋幸

 

Contents