第21回「認知症と口腔ケア」

公開日:2024/01/15

 「認知症」と聞くと、きっと2つの反応があると思います。1つは「やだなぁ、なりたくないなぁ」と思う方と、ご家族や近くに認知症の方がいて「本当に大変」と思っている方。ここで認知症について深く述べることはしませんが、推測で600万人以上の方が認知症と言われています。つまり、介護現場で認知症は特別なことではありません。身近なこととして認知症と口腔ケアについて考えてみましょう。

1 80歳代認知症女性の方の例

下の写真を見てください。80歳代女性のお口です。多くの歯が残っていますが、下の前歯に歯石が多く付着してその周囲の歯ぐきは腫れています。口腔ケアが十分にできていない状態です。ただ、少し考えてみてください。80歳代でこれだけの歯を残しているということは、以前は歯を大切にしており、しっかりとしたケアをしてきた方ということなのです。実は数年前に認知症を発症し、自分でケアができなくなってしまったのです。このように、毎日の歯磨き習慣だったものができなくなってしまうこともあります。しかしこの方、毎日「歯磨きの時間ですよ」というお声がけ一つで再びお口の中をきれいに保てるようになりました。

基本的なお話をします。認知症の最大の誤解は、「何もできなくなってしまった人」と思われていることだと思います。私も訪問歯科診療として介護現場に行くと、ご家族が「もう認知症だから何もできない」といったことを言われることがあります。しかし、実際に診療しているといろいろ気を遣ってくださったり、協力していただいたりすることがあります。そうなのです。認知症は確かにできないことも出てきますが、100が0になることではありません。100が60になったり、40になったりする症状なのです。逆に言うと、残っているものがあるということです。ですから、何が残っているのかを考えてケアができれば、お互いにとって有益なケアができるのです。

前述の80歳代の女性は、歯磨きという行為はできるのですが、歯磨きをすることを忘れていたのです。ですから適当なタイミングで声をかけるだけで歯磨きを実行できたのです。「この人は認知症だから歯磨きができない!」と烙印を押してしまうと、ケアをする人が嫌がるご本人の口の中を無理やりブラッシングしてしまうということが起こります。

 

2 口腔ケアは恐怖

前提として、認知症ケアの中でも口腔ケアはとても難易度が高いと言われています。歯磨きを忘れてしまっている方の口の中に歯ブラシを入れる行為はご本人にとっては大きな恐怖です。何のアプローチもなく、突然棒状の物(歯ブラシ)が自分の顔に迫ってくるということは、ナイフで刺されるような感覚です。

また、皆さんの中にもいると思いますが、歯医者さん嫌いは多くいますよね(よくわかっています)。口の中で何か作業されるのは本能的に恐怖です。それでも「治療してもらわないといけないから」という諦めの気持ちで頑張って口を開けます。認知症の方にとっては歯ブラシをされるということがどういうことかわからない恐怖、口の中に物を入れられるという恐怖、さらに歯医者は怖いという気持ちなどが一気に迫りくる感覚なのです。ですから死に物狂いで抵抗されます。それは「歯磨き嫌いな人」ではなく恐怖からの脱出という自然の反応なのです。

 

3 対応の仕方

もうお分かりだと思います。認知症の方への口腔ケアの基本は「いかに恐怖を与えないか」です。良好な人間関係や和やかな雰囲気を作り、ご本人が落ち着いている状態にすることからはじめます。また、いきなり歯ブラシを口に入れるのではなく、歯ブラシを触ってもらったり、目の前で自分も一緒に歯ブラシをして見せたりということも有効でしょう。そして口腔ケアが終わった時、ご本人が「あぁ、気持ちよかった」というようなプラスの感情がわくようにしましょう。そうすれば次回の口腔ケアの時の抵抗感が減るかもしれません。

 

ただ、最後にもう一度言っておきます。認知症ケアの中でも口腔ケアはとても難易度が高いです。うまくいく日もあれば難しい日もあります。それでも大切なことですから継続的に実践していきましょう。

 

次回は、認知症の方への口腔ケアの実践としていくつかヒントを挙げていきたいと思います。

歯科医師 五島朋幸

 

 

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