第45回 「食べることと薬の関係」

公開日:2025/12/23

食べることと薬の関係

 

人は生きるために、これほど多くの薬が必要なのか?

私は普段、薬をほとんど飲みません。ありがたいことに体調を崩すことが少なく、鎮痛剤を年に一度飲むかどうかという程度です。訪問診療の現場では、部屋の壁に掛けられた「お薬カレンダー」が目に入ります。そこには1回に飲む薬が多く包まれているのを目にします。患者さんのお薬手帳を拝見すると、1ページでは収まりきらないほどの薬が記載されていることも珍しくありません。もちろん、要介護状態になるには基礎疾患があります。高血圧、糖尿病、骨粗しょう症——これらの薬は、多くの方が日常的に服用されています。

私は歯科医師ですので、自分で処方するのは抗生剤と鎮痛剤くらいです。ですから介護現場で多くの薬が処方されていることに驚かされます。そして「人が生きていくのに、こんなにも薬が必要なのだろうか?」といつも思います。もちろん、必要があって処方されていることは理解しています。でも、薬が増えるほどに食欲が落ちていく人を見ていると、どうしてもその疑問が頭をよぎります。

薬の副作用と食欲の関係性

薬には副作用があります。口が乾く、吐き気がする、ふらつく——こうした症状はよく知られていますが、それに加えて食欲の低下も見逃せない副作用のひとつです。この連載では「食べることの機能」(噛むこと、飲み込むこと)についても多く触れてきましたが、そもそも食欲がなければ食事は始まりません。どんなに環境を整え、美味しい食事を用意しても、「食べたくないものは食べたくない」のです。だからこそ、薬による食欲低下は、介護の現場において大きな問題なのです。

薬剤と食欲には、いくつかの関連があります。まず、薬そのものの副作用として食欲低下を引き起こすものがあります。もうひとつは、間接的に食欲を落とす作用です。たとえば、抗うつ薬や利尿薬、抗ヒスタミン薬(鼻炎や花粉症、かゆみ止めなどで処方される)などは、口腔乾燥を引き起こす副作用があります。口が乾くことで味覚が鈍くなり、ひどくなると味覚障害にまで至り、結果として食欲が落ちてしまうのです。さらに、多剤併用による相互作用も見逃せません。複数の薬を同時に服用することで、食欲低下が起こるケースも報告されています。
ですから、食欲が落ちているときには、「薬剤性かもしれない」と疑う視点を持つことがとても重要です。

生活の観察者としての「訪問薬剤師」という存在

とはいえ、現実はそう簡単ではありません。処方している医師も、必要があって薬を出しているのであって、食欲低下を招くとわかって処方しているわけではありません。そこで重要になるのが、薬剤師の存在です。

薬剤師は、薬のプロフェッショナルとして、患者さんの服薬状況を把握し、副作用の可能性を見極め、医師と連携して薬の調整を提案することができます。私が訪問している現場でも、訪問薬剤師が活躍されています。医師の前では言い出しづらいことでも、薬剤師さんになら話せるということもあるでしょう。

訪問薬剤師は、薬の専門家であると同時に、生活の観察者でもあります。口が乾いていないか、ふらつきはないか、食欲はどうか——医師や看護師が見落としがちな“日常の変化”に気づく力があります。そして何より、患者さんとの距離が近い。雑談の中から、薬に対する不安や、食事への意欲の低下を感じ取ることができるのです。「最近、食べる量が減ってきたんです」そんな一言が、薬の見直しにつながることもあります。

「食べる力」を守るための多職種連携

多くの高齢者は、複数の薬を服用しています。その中には、直接的に食欲を落とす薬もあれば、間接的に口腔乾燥や味覚障害を引き起こすものもあります。薬剤師は、それらを見極め、“食べる力”を守るための調整役として、医師と連携します。薬を減らすこと、別の薬に代えることで食欲を取り戻すことにつながる——そんな場面を、私は何度か見てきました。

介護の現場に限らず「薬をきちんと飲ませること」が大切だとされます。でも、薬を飲むことで食欲が落ちてしまっては本末転倒です。訪問薬剤師は、そのバランスを見つけるための、心強い味方だと私は思います。

次回は少し原点に戻り、お口と腸の細菌についてお話しようと思います。

プロフィール

五島朋幸(歯科医師/食支援研究家)
1965年広島県生まれ。 ふれあい歯科ごとう代表、新宿食支援研究会代表、日本歯科大学附属病院口腔リハビリテーション科臨床准教授。株式会社WinWin代表取締役。
1997年より訪問歯科診療に取り組み、2003年以ふれあい歯科ごとうを開設。 「最期まで口で噛んで食べる」を目指し、クリニックを拠点に講演会や執筆、ラジオのパーソナリティも務める。

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