第6回「状態別在宅介護生活のポイント④ 実用的には歩けず移動は車椅子だが、自力で立って車椅子へ移る、トイレが自分でできる方」
公開日:2025/06/23
「歩けなくなったらおしまい」ではない!
さて、「状態別のポイント」の4回目は、「実用的には歩けず移動は車椅子だが、自力で立って車椅子へ移る、トイレが自分でできる方」です。読者の皆さんはこれが具体的にどういう状態なのか?イメージできますか?ご家族さまにとっては「歩けるか?歩けないか?」の違いはとても分かりやすく、また大切なことだと感じられると思います。
でも介護上では「歩ける」と「歩けない」の間の「歩けないけれど実用的に立位動作ができる」という段階がとても大切で、はっきり言うとこの段階までは「家族は絶えず近くに居なくても一人で過ごすことができる」のです。「実用的には歩けないが、自分で立って手すりをつかみながら足を踏みかえて体の向きを変えることができる=ベッドから車椅子へ自力で移れる」という事であり、「自分で立ったうえで、両手を手すりから離しても安定して立っていられる=ズボンの上げ下ろしが自分でできる」ということです。
ただし、特に在宅生活においては、このような本人さまの残された機能をきちんと発揮してもらいながら自立的な生活を続けるためには、住環境にかなりの配慮が必要です。
まずは「車椅子で過ごす」ことへの切り替えと覚悟をもちましょう
「歩けなくなったから車椅子を使う」ということは、客観的には極めて妥当な当然のことなのですが、それが自分自身や家族のこととなると、そう簡単に受け入れられることではないと思います。実際、その「切り替え」がうまくできずに歩けなくなって早々に、ベッド上で「寝たきり」状態になってしまう方もいらっしゃいます。
その切り替えとは、まずは「気持ち」の切り替えです。現在は、社会全体のバリアフリー化がかなり進んでいます。これまでのように歩いて散歩やデパートへ買い物や、ハイキングはできないけど、車椅子でかなりの範囲まで外出できるようになっています。ただし、たくさんの歩いている人の中で自分だけ車椅子というのは、やはり人目を引いて嫌だ、という気持ちになるのも当然です。また、同年代のお友達がみんなまだ歩いているのにその中に自分だけ車椅子で集うのは、気を遣わせたり手を煩わせたりするのが申し訳ない、という気持になるのも当然です。そこを「これからも暮らしていける、生きていける」と思えることが大切になります。
どのようなタイプの車椅子が良いか?
在宅環境で動けるサイズと駆動方法
さて、いよいよ車椅子を使いながら在宅生活を送ることになります。その時、車椅子はどのようなものを準備すればよいのでしょうか?
一般の方が持つ車椅子のイメージ:両手で車輪を漕いで移動する車輪の大きな車椅子、これは「標準型車椅子」(車輪径22~24インチ:約56㎝~61㎝)と呼ばれるタイプですが、この車椅子で家屋内を自由に動けるのはよほどの“豪邸”でないと無理なことが多いと思います。
一般的な家屋内で少しでも行動範囲を広げようという事ならば車輪の小さな「介助型車椅子」と呼ばれるものがよいでしょう。車輪径は14~16インチ(約36㎝~41㎝)となります。このサイズであれば、かなり“小回り”が利きます。しかし介助型車椅子では、自力で車輪を回して駆動することができません。
どうするかというと、「車椅子に座りながら足で床を蹴って動く」のです。ですから座面の高さも「キチンと車椅子に座って足が楽々と床に届く」ことが大切です。また、車椅子には必ずついている「足乗せ板=フットサポート」も必要ありません。フットサポートが取り外せるものが良く、その分全長も短くなって小回りができるようになります。また、自力で車椅子からベッドやトイレに移乗する場面が多くなりますから、“自力で”車椅子ブレーキをかけ外しできることも絶対に必要です。
家具椅子代わりの座位保持機能
しかしその車椅子は家屋内を移動するためだけではなく、一定時間、そこに座ったままで過ごす家具椅子のような機能も大切です。ところが上に書いた小回りの利く「介助型車椅子」は、全体として簡便に作られている製品が多く、介助型というよりも「簡易型車椅子」といったものも多いです。長く座って過ごしたいのですから、大きくはなくともしっかりとした造りのものを選び、座面には車いす用のクッションを敷いて長く座っても安楽に過ごせるようなものを選んだらよいでしょう。
屋内用と屋外用それぞれの車椅子のあることが理想
ここまで書いた車椅子の要件は、家屋内で使う場合のお話でした。車椅子で屋外に出る場合、屋内で使っている車椅子でそのまま外出してもよいにですが、家屋内に入るときにタイヤの汚れを除くのも大変ですし、上記の「屋内で使いやすい条件」が逆に屋外では使いにくい、ということもあります。
当たり前に歩ける私たちは、屋外では靴を履き屋内ではスリッパを使ったりしています。同じように車椅子も、屋内用と屋外用のそれぞれが準備してあることが理想です。ただし、介護保険の福祉用具レンタルサービスでは車椅子を2台、借りることはできません。
社会の中での車椅子流通量もずいぶんと増え珍しいものではなくなってきていますから、車椅子レンタル販売業者さんにレンタルサービスとは別に、中古の車椅子を一台斡旋してもらうなども可能になってきています。一人での外出は難しくとも、週末にご家族さまに車椅子介助受けながら一緒に外出する習慣を持てれば心身の健康のためにも非常に有益なことです。
車椅子で暮らしていくための住宅環境整備
ここまでで、在宅生活で使う車椅子について説明しました。以下は車椅子を家屋内で使っていくための配慮をまとめていきます。
起居動作や移乗動作しやすいベッドの準備
まずはベッド上に「寝たきり」になってしまわないよう、「起き上がりやすく、立ち上がりやすい」ベッド環境を準備しましょう。医療介護用ベッドではベッドフレームに差し込んで使う「ベッド柵」が当たり前に使われますが、これは手すりではありません。あくまで布団や身体がベッドから落ちてしまうことを防ぐものでしかなく、身体を動かしたり立ち上がったりする際に手すりとしてつかむには、細すぎ強度も足りません。
ベッド柵に代わってベッドフレームに差し込んで使う「移動用バー/L字バー」と呼ばれるベッド専用手すりを準備しましょう。ただ、移動用バーでは取り付けられる場所や高さ、長さも限られてしまいます。必要によっては、重い鉄板から手すりが立ち上がっている「床置き式手すり」や天井と床の間を突っ張って設置する「突っ張り式手すり」などで、任意の場所につかまるところを準備してあげればよいと思います。できるだけベッドと車椅子の間を安楽に移れる(移乗する)環境を整え、日中はベッドから離れて過ごす習慣を継続してもらうことが大切です。
寝室以外の居間も準備し、その間を移動できること
大きな部屋を寝室にして、同じ部屋の中で日中は車椅子で過ごす、というスタイルもあり得ますが、できるならば寝室は夜間睡眠専用として日中は別の部屋で過ごすことにした方が、結果としてより長くより健康的に過ごせると思います。
ポータブルトイレを用いてでも排泄の自立を
立ってズボンの上げ下ろしが自力でできる状態ですから、おむつは使いたくない状態です。ところが一般住宅の場合、車椅子で水洗トイレの近くまで寄れるか?となるとなかなか難しいことが多いでしょう。
住宅全体の広さと経済状況に余裕があれば大掛かりな住宅改修を行って「車椅子で利用可能なトイレ室」を準備できれば理想です。それが無理ならば、例えば廊下の突き当たりの隅や物置部屋の入り口当たりなどにポータブルトレを置いて用いるなどして、ポータブルトイレの始末管理だけはご家族さまにお願いする、ということにしてでも、おむつは避けるべきでしょう。
その場合は「移乗しやすいベッド」で紹介した「床置き式手すり」や「天井突っ張り手すり」でポータブルトイレへ移乗しやすいようにする他、ポータブルトイレ自体も近年では災害時や屋外キャンプ時にこそ必要になる「簡易水洗式(2層式)ポータブルトイレ」といったものもあります。これならば周期の問題もかなり抑えられます。
入浴は「デイサービス/デイケア」で
たとえ自力で立つことはできても、このレベルでは「浴槽への出入り」はとても大変になってきます。大掛かりな浴室改修にご家族さまの十分な介護力があれば自宅での入浴を継続することもできますが、難しいようならばデイサービスやデイケアを利用しましょう。それでも、「毎日」はさすがに難しくなります。ごく寒い冬場以外にはご家族さまの支援のもとご自宅でシャワーだけでも使えるようであれば、かなり快適に過ごせます。
すっかり変わってしまう生活スタイルを気持ちの上で受け入れる、ということ
さて、ここまで「車椅子を使いながら自宅で暮らしていく」上での、最低限のポイントをまとめてみました。問題なく歩けていた時とはガラッと生活スタイルの変わってしまうことが、分かりますね。ですから改めて、最初に家庭全体としての覚悟と決心が必要ということを強調しておきます。でも、いったん新たな生活スタイルが習慣化してしまえば意外と長い期間、在宅生活を継続していけるものであることを、知っていただきたいと思います。
大渕哲也(理学療法士/介護支援専門員)
1962年新潟県生まれ。
急性期医療機関・慢性期医療機関、特別養護老人ホーム・福祉用具レンタル販売業者等で勤務。
現在は民間介護事業所にて、社内研修・現場アドバイスなどを行なっており、その他民間セミナー業者や各種団体、全国各地の現場からの要請に応じて、研修や現場指導なども行なっている。
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